2009
誰ルートかは特に提言していませんが、アキト→ユメ←ユーリ←シャルテイスト。
ネタバレもありますのでご注意。
それでもOKという方は続きからどうぞ。
パタン、と扉の閉まる音が、やけに大きく耳に響いた。
目の前には大きなベッド。マットレスは柔らかく、羽毛で作られた布団は軽く暖かそうだ。
ベッドのほかの調度品もシンプルなデザインながら、重厚な面もちで鎮座している。縁をぐるりと繊細な彫刻で囲われているサイドテーブルに備え付けられていた水差しとグラスをとり、ドアの前から動こうとしない人影を振り返る。
【優しい夜】
「アキトも飲みます?」
いや、と小さく答えたアキトは、やはりドアの前から動かない。シャルロッテはため息をつきたいのを堪えて、
「ずっとそこにいるつもりですの?」
と少し険を含んだ声で問いかけた。
確かにアキトはここへ来るのを一度拒んだ。けれど、それでもシャルロッテの後をついてここへ来たのだ。
だったら。
「アキト。わかっているのでしょう?」
握りしめた拳へ手を伸ばして、包み込むように握る。
ぴくりと震える初々しい仕草が、可愛らしく感じる。あの人では考えられない所作をいとおしく思う。
だから。
「同情でもいいわ。それでもいいの、アキト」
媚びるような甘い声。そんな声を自分が出せることに驚いた。
アキトの深いブルーの瞳がようやくこちらに向けられる。
「シャルロッテ、やっぱり駄目だ」
深海を思わせる瞳には、固い決意の色。
「どうして・・・。ユメさんをすぐに忘れろとはいいませんわ!ただ私をパートナーにしていただきたいだけです!」
「お前と組むよ、シャルロッテ。だけど、今ここでお前を抱くわけにはいかない」
「なぜですの!?私はいいと言っているのに!」
自分のヒステリックな声が耳に痛い。
けれど、声を止めることはできなかった。
「そんなに私に魅力がありませんの!?みんな、みんなユメさんばかり・・・」
頭に浮かんだのは、金髪の王子様。
おとぎ話の王子様のように、ただ美しく優しい人ではないのは知っているけれど、それでも私の中ではただひとりの人だった、あの人。
私のわがままも、いつだって優しく受け入れてくれた。
大人のように、線を引いて、ただ笑って。
そんな彼が、彼女に出会って変わった。面倒ごとはそれと気づかずに避けて、人に押しつけるのが得意な人だったのに、彼女の巻き起こす騒動に仕方ないなぁなんて顔をして側にいる。友人の顔をしているけれど、あの優しい視線に気づいたとき愕然とした。
綺麗になりたいと思ったのも、魔法を頑張ったのも、礼儀作法を完璧に身につけたのも、彼のお姫様になりたかった、ただその一心だったのに。
ドロドロとした気持ちが、胸を占めていくのを止められなかった。ユーリを好きでいればいるほど、自分はどんどん醜くなっていく。
瞼の奥がじわりと熱くなったのを、シャルロッテは唇を噛んでこらえた。ここで泣くなんてプライドが許さない。
うつむいた視界に、茶色のローファーが映りこんだ。
そして、黒い頭と肩。
アキトがしゃがみこんだのだ、と気づいたのは、アキトがシャルロッテの手の甲へキスをしてからだ。
「お前はすげぇいい女だよ、シャルロッテ」
優しい笑みを浮かべたアキトが、ひざまづいてシャルロッテを見上げる。
「ア、アキト!」
なんてことを!
シャルロッテの頭に浮かんだのは、まずそれだった。
手の甲にキスというのは社交界では挨拶だ。ひざまづいてする人も何人もいたし、ユーリにもされたことがある。
けれどアキトは。
アキトはたとえ挨拶といえど、簡単に膝をついたりしない人だと思っていた。どんな相手にも毅然と、まっすぐ瞳を見つめ向かい合う。アキト・キタムラはそんな人だ。
少なくともシャルロッテの中では。
「立ってください!」
どこか悲鳴めいた声に、アキトは苦笑しながら立ち上がる。自然とシャルロッテの唇からほっと息がもれた。
「お前はすげぇいい女だし、大事な友人だよ、シャルロッテ」
優しい声にじわりと涙腺がゆるむ。
「だから抱けない」
甘い音だ、と思った。
抱き合いながら、愛していると囁いたあの声よりずっと、優しくて甘い音だった。
アキトは優しい。優しくて、どこまでも誠実。
「アキトを好きになりたかったんです」
「あぁ、俺も」
アキトの腕が体にふわりと回される。
アキトに抱きしめられるのは初めてだった。けれど、どこか体にすっぽりとなじむような感覚を覚える。
とても安心する。母のように、父のように、海に抱かれているかのように。
「私たち馬鹿ですわね」
ため息のような、笑い声のような音が耳をくすぐる。温度が混じりあう。
アキトとならひとつになれるかもしれない、と思った。
手の届かない人を想い続けるのは辛かった。アキトの瞳がユメを追いかけているのを、まるで鏡の先の自分をみるように思った。抱き合って愛していければ、きっと幸せになれると思った。
だけど。
瞼を下ろすと浮かぶのは、甘い笑顔。
虚勢を張り続ける、私の王子様。
アキトの中に、子供のような笑みを浮かべた少女が消えないように。
「アキト」
「ん?」
「今日だけは、私と一緒に眠ってくださいます?」
もう抱かれたいとは思わなかった。
ただ、この温度を手放すのは寂しかったから。
「了解、お姫様」
慣れないおどけた言い回しに、くすりと笑う。
優しい夜だった。
世界で一番、優しい夜だった。
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謎のあの一夜。
アキトルートではシャルを抱いてないと公言してましたが、他ルートでもアキトはきっとシャルを抱かないだろうなと。それはユメやユーリへの気持ちだけではなくて、シャルが大事だからでもあると思います。
アキト+シャルが前回予想以上に楽しくて、今回も書いてしまいました。ふたりにしかわからない絆があると思うんですよね。似ているけれど、違うところも当然あって、それをお互いに憧れ尊敬しているイメージ。
アキトもシャルも好きなのに、好きな人ほどむくわれない設定にしてしまうのは、Sの血ゆえなのか…。
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主人公至上主義でつっぱしります。
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